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札幌高等裁判所 昭和32年(う)51号 判決

控訴人 原審弁護人

被告人 斎藤清

検察官 吉良敬三郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人野口一、同渡辺大司提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

野口弁護人の控訴趣意(一)について

所論は、要するに、原判示第二の被告人が財産上不法の利益を得たとの点を否認し、右利益は、結局、被告人の騙取にかかる原判示第一の財物の代金に相当し、両者は財産上の価値において異なるものではないから、すでに、被告人が右財物の騙取行為につき詐欺罪としての責任を問われた本件にあつては、その代金を支払わないからといつて、そのため新たに何等財産上の法益を害して利益を得たことになるものではないだけでなく、もともと、本件利得行為は、時間的にも場所的にもその前行為である前記騙取行為に近接してなされているのであるから、その間被告人に新たな意思活動があつたというよりはむしろ前行為の犯意継続の状態にあつたものとして詐欺罪の包括一罪と解すべきであつて、以上の点を考慮すると、原判示第二の暴行は、被告人においてその代金の支払を免れることを動機としただけであり、そのため傷害の結果を生じたとしても、それによる被告人の責任は単純な傷害罪にとどまるものと認定さるべきにかかわらず、原判決が原判示第一において被告人を詐欺罪に問擬しながら、原判示第二においてかさねて被告人に財産上不法利得の所為がありそれが暴行傷害によるものと認定したのは、事実誤認の違法があるというのである。

なるほど、すでに財物騙取の行為をもつて詐欺罪とした以上、その後の財物返還やその代価につき返還や支払を免れた行為があつたとしても、その詐欺行為の点においては新たに財産上の法益を害するということがないのであるから、この行為をもつて独立の詐欺罪となし得ないことは所論のとおりであり、その引用の判例もこの趣旨において適切というべきであるが、しかし、一旦詐欺罪が成立したうえは被欺罔者は欺罔者に対しその被害物の返還ないしその対価に相当する金員の支払を請求し得ることも明らかであつて、かかる新たな請求につき詐欺手段を用いるのはともかく、暴行または脅迫を用いてその債務を免れることは、その手段の点からみて、詐欺罪におけるとは自らその保護法益を異にするところであるから、これを別個独立の犯罪として評価することこそむしろ法の要求するものと解する。本件についてみるに、原判決挙示の証拠を総合すれば、被告人は、原審相被告人二名とともに、原判示第一のとおり前田貞代から酒銚子一九本焼鳥三五本(時価合計二、二二〇円相当)を騙取した後、釧路市内で更に飲酒し、約二時間半を経過して原判示第二の消防署附近に行つたのであるが、同署前路上で、かねて待ち受けていた前田貞代に偶然出会い、同人から被告人に対する飲食代金七四〇円相当の支払方の請求を受けるや、ここに同女に暴行を加え右債務の支払方の請求を免れようと犯意を新たにし、同女を同判示倉庫横路上の暗がりにつれ込み、同所において同女に対し殴る蹴る等の暴行を加え、その反抗を抑圧して右債務の請求を不能ならしめ、よつて右債務の支払を免れて一時的にも財産上不法の利益を得、右暴行により同女に対し全治一〇日間を要する頭部顔面左前膊打撲傷の傷害を負わせたことを優に認めることができるのであるから、原判決がその挙示する証拠によつて右強盗傷人の事実を認定したのは、前説示に照し、相当であつて原判決には所論のような誤認はなく、論旨は理由がない。

同(二)について

前田貞代が被告人の暴行により受けた前段説示の程度の傷害は、強盗傷人罪について特に重刑が規定されている所論の理由や所論引用の証拠によつてうかがわれる右被害者がその治療のため別段医者の所に通うこともなく、平常どおり仕事に従事しているうち自然に治癒したことを考慮に容れてみても、これを法的評価に入れることのできない軽微な傷害であるということはできないから、これと異なる見解に立つての所論は、この点において前提をかくので採用するに由なく、原判決には何等所論のような誤認はない。論旨は理由がない。

弁護人渡辺大司の控訴趣意書

所論は、刑法第二三六条第二項に財産上不法の利益を得、または第三者にこれを得させるというには、暴行または脅迫を用いて被害者に対し財産上の処分を強制することを要するとし、原判示第二の被告人の暴行は、被害者前田貞代からの同判示代金債務の履行の請求を単に免れる目的でなしたにとどまり、その間、同人に対し何等財産上の処分を強制したものではない、したがつて、被告人の右暴行は、債務を免れるためのものであり、それによつてこれを免れたとしても、そのため強盗利得罪を構成するとはいえず、単純な傷害罪と認定さるべきにかかわらず、原判決が右暴行をもつて強盗に著手したものとして原判示第二の事実を認定し、これに刑法第二四〇条前段の規定を適用したのは、事実を誤認し、法令の適用を誤つた違法があるというのである。

しかし、被告人に原判示第二の債務支払の義務あることは前段説示のとおりであるうえに、おおよそ、強盗罪における強取は、被害者の意思による作為、不作為を不能の状態にしておいて、財物を奪取するところにその特質があることに鑑みると、これと本質を同じくする刑法第二三六条第二項にいう不法利得に限り特に被害者の処分行為を要すとすることは何等理由がないものと解する。されば、前段説示によつて明らかなように、原判示第二の事実においては、所論のとおり被告人の暴行により被害者前田貞代はその債権を免除する等特段の意思表示ないし処分を強制されてはいないが、被告人は、その債務を免れるため、同女に対し同判示暴行を加え、その反抗を抑圧し、その意思による作為、不作為を不能の状態にしておいて、右債務の支払を免れたというのであるから、前説示に照し、これによつて財産上不法の利益を得たものといわざるを得ない。これと異なる見解に立つての所論やその引用の判例は当審の採用しないところであるから、この点において所論はその前提をかくこととなるので、結局論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正 裁判官 荒木大任)

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